Y染色体D1b系統

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D系統の拡散経路を示す想定図(2017)

Y染色体ハプログループD1b系統(Yap+) 【日本固有種】

細川茂樹

俳優・細川茂樹(Shigeki Hosokawa, 1971-   )のY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)である(注1)。細川茂樹は、岐阜県大垣市の出身。
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      (細川茂樹)

須藤元気

元格闘家で作家、タレント・須藤元気(Genki Sudo, 1978-   )のY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)である(注1)。須藤元気は、東京都江東区の出身。
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      (須藤元気)

DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392 389ii
Alleles 13 24 15 10 13 15 12 12 12 13 11 30

注1)"Gen Sudo's y-dna"(Ysearch)

青山祐輔

元『インターネットマガジン』の編集者・青山祐輔(Yusuke Aoyama, 1974-   )のY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)である(注1)(注2)。2005年4月に開始されたナショナル・ジオグラフィック協会の「GENOGRAPHIC PROJECT(Geno1.0)」参加者で、ハプログループD系統の結果をブログに公表した人物としては日本初(2005年9月)にあたる。青山祐輔は、愛知県名古屋市に生まれ、北海道札幌市で育ち、東京在住。『impress Watch』の編集記者、月刊誌『インターネットマガジン』編集者を経て、社内シンクタンクの研究員を務めた後、2007年に独立してフリーのライターとなる。IT系ウェブメディアをはじめ、総合誌やフリーペーパーなどで編集者、ウェブディレクターとして活躍中(注3)(注4)。
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DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392
Alleles 13 24 17 10 9 15 11 12 13 14 11

注1)『GENOGRAPHIC PROJECTの結果』(2005年9月30日)
注2)引用者注:STR値からD1b1d1(D-CTS1897)系統と推測される。表記はISOGG 2016(ver11.12)による。原文の表記では「D(D-M174)」。
注3)B.M.F.Diary『青山祐輔』(2010.1.1)
注4)All About『青山祐輔』(プロフィール)

瓊瓊杵尊

瓊瓊杵尊(ニニギノミコト, Ninigi-no-mikoto)のY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)であると推測される(注1)(注2)(注3)。これは瓊瓊杵尊の子孫による遺伝子データに基づくものであり、瓊瓊杵尊の御陵である可愛の山陵(宮内庁所管)の学術調査が出来ないため確定的な結果ではない(注4)。また、考古学的には日本最大規模の帆立貝形古墳である男狭穂塚の被葬者が瓊瓊杵尊である可能性が高いという理由から、現在は国指定の特別史跡として宮内庁によって管理されている。ハプログループD1から分岐したハプログループD1bは、アンダマン諸島、フィリピンを経て、約3万5千年前に日本列島に到達した系統である(注5)(注6)(注7)(注8)(注9)(注10)(注11)。
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   (瓊瓊杵尊の可愛山陵・宮内庁所管)
注1)The Japanese monarchy (Imperial House of Japan) is the oldest continuous hereditary monarchy in the world still in existence. It has "reigned since time immemorial." Imperial family's genealogical tree sparked the interests not only by Shinto priests, but by anthropologists/geneticists. In this article, we aim at demystifying the lineages of Japanese imperial family for encouraging the further researches in this field. "Genetic Evidence"Most scientists agree on the use of SNP on non-recombining portion of Y-chromosome, known as Y haplogroup. Majority of Japanese males had genetic markers specific to Japanese islands as well as Okinawan. "Birth rates of ruling family"Ruling family and group often dominates in social ranks, and more controversially, in reproductions. Using Y-chromosome data, Genghis Khan's offsprings may have been 16 million people, suggesting that the group of larger disributions could be much likely to be the rulers genetic make-ups. Japan is the oldest continuous hereditary monarchy in the world, and unlike briefly ending rulership of Genghis Khan's heirs, Japanese imperial family and their associates dominated Japan for more one thousand years. Thus, rough estimations of how likely imperial family belonging to each Y-haplogroups may hold equality relation with the frequencies - distributions of Y haplogroup. To this extent, it is natural to expect that there would be more than 60% probability of Japanese emperor descending from the Jomon - Ainu people of Japan.
注2)ISOGG 2014(ver9.66)による表記。原文による表記では「D2(D-M64.1)」である。
注3)『tacodayoのブログ』(2015年8月15日)
注4)"DNA of Niniginomikoto"(Ysearch)
注6)『日本人の遺伝子は特殊タイプ』(2007.10.7)に「日本の本州に住む男性の43%がYAP+を保有するハプログループDに属し、アイヌ人男性の98%もYAP+を保有するハプログループDに属している。一方、隣国の韓国人はハプログループD系統は1%(未満)しか存在しない。世界的にもチベット人や中近東の人だけがこのYAP+因子をもっているが、このハプログループD系統は、他の世界のどこにもほとんど存在しない。さらに日本のすぐ近くの朝鮮半島や中国人が南方系ハプログループO3やO2であり、古代系統のハプログループDに属する日本人と一線を隔している」とあり。
注7)『日本人の遺伝子は特殊タイプ』(2007.10.7)に「Y染色体とミトコンドリアDNA、どちらを優先するか? 韓国人が自国と日本人遺伝子を語るとき、決してY染色体にはふれずミトコンドリアDNAだけで語る。しかしそのミトコンドリアDNAではアジアでみられる起源はすべて2万年以上前のため、それより以降の新モンゴロイドの発生移動と増加には全く役に立たない。つまり東アジアではどの国も多少の差はあれどほとんど同じ構成になってしまうのである。そもそも人類のDNA分析する場合、系統分類に適さないミトコンドリアDNAは使用せず、系統分類し易い父系のY染色体の分類法を使用する。日本人のY染色体の特殊性は、先で説明したとおり、韓国人との差は一目瞭然。日本には古く中東やチベットまでたどれるD系統の遺伝子が大半を占めているが、韓国人にはD系統が皆無(1%未満)である。結論として系統分類に適したY染色体を意図的に無視し、系統分類に適さないミトコンドリアDNAの割合だけを使用すると、間違った結論に導かれる可能性があり注意が必要という事である」とあり。
注8)『日本人の遺伝子は特殊タイプ』(2007.10.7)に「皇室・日本の支配者層はハプログループD系統。日本人男性の多くがY染色体ハプログループD系統である。また、日本の君主である皇統もこのハプログループDの系統に属している可能性が高いと言われている。天皇は少なくとも5世紀から1500年以上を経て現在まで連綿と君臨しており多くの皇子が臣籍降下している。かのチンギス・ハーンは数世代のみであったが、同じY染色体を持っている父系子孫は1600万人は存在する事が判明している。つまり1500年以上前から何世代にも渡って膨大な数の皇子を臣籍降下した史実に鑑みれば、皇胤は、日本人男性の大部分を占めていると思われる。日本人は父系のY染色体にこのような特殊系を表しているということは、D系統の遺伝子を持つ縄文系の男性が有力者として支配層に就いていた事を示す可能性が高い。少なくとも逆のパターンはありえない事になる」とあり。
注9)『日本人の遺伝子は特殊タイプ』(2007.10.7)に「縄文人の特徴を色濃く残している天皇、皇族。日本の皇族の直系は(中略)比較的彫の深い濃い顔が多かった。江戸時代に日本に訪れ天皇に謁見した欧米人・ノーマン・マクレオドは、「日本の皇族は中東系である」という発言を残した。現在でも昭和天皇皇后の血を継いでいない傍系の皇族方は、二重瞼の彫の深いお顔立ちの方々が多い。また神話時代の天皇の容姿は豊かな髭を持ち彫が深い縄文系として描かれている事が多く、正史によれば、天皇家の発祥は南九州の日向であり、後から関西にやってきたとされている。南九州は縄文系の血が濃い場所で、(中略)皇室は元々は隼人と同じ祖を持つ縄文系である」とあり。
注11)『天皇家・支配層の遺伝子はD系統!』(2008年8月5日)

フッ君の日常の執筆者

Webアプリケーションエンジニアで、ブログ『フッ君の日常』の執筆者のY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)である(注1)。
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DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392
Alleles 13 25 17 10 13 17 11 12 12 14 11


試験管のなかのコードの執筆者

ブログ『試験管のなかのコード(ある開発者の私的実験室)』の執筆者のY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)である(注1)。
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DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392
Alleles 13 25 17 10 13 18 11 12 12 14 11


フィリップ・カン・ゴタンダ

在米日系人三世で、劇作家、映画監督・フィリップ・カン・ゴタンダ(Philip Kan Gotanda, 1951-   )のY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)である(注1)(注2)。フィリップ・カン・ゴタンダは、広島県出身でハワイ・カウアイ島に移住した、五反田甚蔵(1880 - 1948)の子孫である(注3)。
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   (フィリップ・カン・ゴタンダ)

DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392 389ii
Alleles 12 23 15 10 13 17 11 12 12 14 12 31

注1)"Jinzo Gotanda's Y-dna"(Ysearch)
注3)"Philip Kan Gotanda"(公式サイト)

シンペー

社会人受験生ブログ『リカルデントをかみながら』を執筆するシンペーのY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)である(注1)(注2)。『リカルデントをかみながら』は、働きながら医学部を目指す社会人受験生のブログとして好評を博した。
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注1)リカルデントをかみながら『ジェノグラフィックプロジェクト』(2006.8.6)
注2)リカルデントをかみながら『ジェノグラフィックプロジェクトPart2』(2008.5.25)

堀江貴文

実業家・堀江貴文(Takafumi Horie, 1972-   )のY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)である(注1)。堀江貴文の父祖は、福岡県久留米市の出身。
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      (堀江貴文)
注1)堀江貴文『六本木で働いていた元社長のアメブロ』(2009.1.16)

うひろぐの執筆者

ブログ『うひろぐ』の執筆者のY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)である(注1)(注2)(注3)。執筆者の父系祖先は九州の出身。
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DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392
Alleles 13 25 15 10 15 17 11 12 12 13 11


阿部寛

日本の俳優、モデル・阿部寛(Hiroshi Abe, 1964-   )のY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)であると推定されている(注1)(注2)。
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      (阿部寛)
注1)Haplogroup DNA"Abe Hiroshi/Japanese tester, D2-M64.1"(2016.3.12)
注2)ISOGG 2017(ver12.31)による表記。原文による旧表記では「D2(D-M64.1)」である。

竹村健一・竹村真一

政治評論家・竹村健一(Kenichi Takemura, 1930-   )のY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)である(注1)。
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       (竹村健一)             (竹村真一)
picture from Wikipedia
2009年8月5日東京・お台場の日本科学未来館で開催された「私たちはどこから来たのか?」というイベント(日経BP社・ナショナル・ジオグラフィック主催)で、スペンサー・ウェルズ博士によって竹村健一の長男で、文化人類学者・竹村真一(Shin-ichi Takemura, 京都造形芸術大学教授)のY染色体ハプログループは縄文系のD1b系統であるという解析結果が公表された(注2)。これに伴って、父・竹村健一のハプログループもD1b系統であることが明らかとなった。竹村健一の父祖は、兵庫県朝来市生野町黒川の出身(注3)。

注1)千葉千枝子『私たちはどこから来たのか?』(2009.8.5)
注3)『人生のレールは一本ではない -悔いのない生き方をしよう-』三浦雄一郎・竹村健一 共著、2007年、太陽企画出版、27頁より「(竹村健一の)父は、兵庫県の生野という町からずいぶん奥に入った黒川村という寒村の生まれです。長男だったけど、戸数が10軒ほどしかない村の暮らしに飽きたらず、次男に家督を譲り、自分から勘当されるようにして大阪に出てきた」

清水潔

リーガルアシスト横浜を運営する行政書士・清水潔(Kiyoshi Shimizu, 1952-  )のY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)である(注1)(注2)。清水潔は、神奈川県横浜市の出身。
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DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392
Alleles 12 23 15 10 13 17 11 12 12 14 12

注1)『人類の旅

レレレのつれづれ日記の執筆者

団塊おじさんのセカンドライフ奮闘記をつづったブログ・『レレレのつれづれ日記』の執筆者のY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)である(注1)(注2)。
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注1)『レレレは縄文人!』(2010.9.17)
注2)『祖先の来た道のり』(2010.10.4)

縄文系アイヌ人

アイヌ人のY染色体は、日本列島を北上し北海道に到達した縄文系のハプログループD1b*(D-M64.1*)が88%(D1b*が13/16=81.25%、D1b1aが1/6=6.25%)を占め、残りの12.5%がシベリアから樺太を経由して南下してきたニヴフ(ギリヤーク)系アイヌ人である(注1)(注2)。
ainu.jpgainu2.jpg
   (アイヌ人の男性)        (アイヌ人の女性)
注1)田島等 "Genetic Origins of the Ainu inferred from combined DNA analyses of maternal and paternal lineages" (2004)

舜天王

琉球国舜天王朝の太祖・舜天王(Shunten-ou, しゅんてん-おう, 1166-1237)のY染色体は、ハプログループD1b(D-M64.1)であると推定されている(注1)。
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    (鎮西八郎源為朝)        (舜天王)              (尚泰王)
舜天王は、保元の乱で伊豆に流刑となった源為朝(鎮西八郎)の子で、『中山世鑑』によれば、為朝の船が嵐に遭い、沖縄本島の今帰仁に漂着し、その地の豪族・大里按司の妹と結婚し、生まれた子を「尊敦(後の舜天王)」と名付けた。尊敦は15歳で浦添按司となり、琉球の逆賊・利勇を征伐したことにより、琉球諸侯の推挙を受けて中山王となった。舜天王朝は3代目の義本王の時に一旦滅んだが、後に第一尚氏が倒れたあと新王統を開いた第二尚氏の始祖・尚円王は、『中山世譜』など正史によると舜天王統の義本王朝の七世孫であると記されている。『中山世鑑』を編纂した羽地朝秀は、摂政就任後の1673年3月の仕置書(令達及び意見を記し置きした書)で、琉球の人々の祖先は、かつて日本から渡来してきたのであり、また有形無形の名詞はよく通じるが、話し言葉が日本と相違しているのは、遠国のため交通が長い間途絶えていたからであると語り、為朝が王家の祖先だというだけでなく琉球の人々の祖先が日本からの渡来人であると述べている(注2)。

注2)真境名安興『真境名安興全集』第一巻19頁参照。元の文は「「此国人生初は、日本より為レ渡儀疑無二御座一候。然れば末世の今に、天地山川五形五倫鳥獣草木の名に至る迄皆通達せり。雖レ然言葉の余相違は遠国の上久敷融通為レ絶故也」。なお、2005年以降の分子生物学の研究で沖縄県民と九州以北の本土住民とは、同じY染色体ハプログループに属する祖先を持つことが明らかになっている。高宮広士札幌大学教授が、沖縄の島々に人間が適応できたのは縄文中期後半から後期以降である為、10世紀から12世紀頃に農耕をする人々が九州から沖縄に移住したと指摘(朝日新聞 2010年4月16日)するように、考古学などの研究も含めて南西諸島の住民の先祖は、九州南部と共通する人々を主体として構成されたものであるとされている。また『日本書紀』、『古事記』に記されているように、皇室の祖先も九州南部の宮崎県を発祥とする人々であったことが指摘されている。

吉原建

デザイナー、ソフトウェアエンジニア・吉原建(1980-  )のY染色体は、ハプログループD1b*(D-M64.1*)である(注1)。吉原建は、福岡県北九州市の出身。


Y染色体ハプログループD1b1a系統(Yap+) 【日本固有種】

グレン宮城

グレン宮城(1951-  )のY染色体は、ハプログループD1b1a*(D-M125*, subclade-CTS10536)である(注1)。グレンの祖父は、沖縄県中頭郡西原町の出身で、ハワイ州マウイ島に移住した初代である。グレンの父の代にオアフ島に転居し、後にカルフォルニア州に移住した。

注1)The Genographic Project 2.0"OUR STORY"

Y染色体ハプログループD1b1a2系統(Yap+) 【日本固有種】

東山天皇

東山天皇(Emperor Higashiyama, 1675-1710)のY染色体遺伝子は、ハプログループD1b1a2(D-IMS-JST055457)である(注1)(注2)(注3)。これは、東山天皇の男系子孫 複数名から採取された口腔粘膜の解析による(注4)(注5)(注6)(注7)(注8)。
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      (東山天皇)
picture from Wikipedia
注1)Emperor Higashiyama belonged to Y-DNA haplogroup D1b1a2(D-IMS-JST055457/CTS107), with the oral mucosa sample taken from his paternal descendants. Therefore, all men who belong to this Y-DNA haplogroup are descendants of Imperial House of Japan. To this extent, it is natural to expect that there would be more than 60% probability of Japanese emperor descending from the Jomon - Ainu people of Japan.
注6)『tacodayoのブログ』(2015.8.15)
注8)安藤奈津雄『Y染色体に関する調査』(2006.1.27) 記事の真偽は確定的ではないが、安藤奈津雄(1952-  )によれば宮内省筋からの話として「小泉内閣時代の2006年、『皇室典範』の改正問題を話し合う有識者会議において、奥田碩(日本経済団体連合会会長)は「皇室のY染色体は何か」という質問を佐藤幸治(近畿大学法科大学院長、京都大学名誉教授) に対して求めた。さらに、その席上において、2600年以上も継承されてきたY染色体に関し、皇室、旧皇族はもとより、それらに準ずる男系子孫も同系統ものが継承されていると考えられるため、非公表を前提としてこれらを調査することになった」とある。

酒井崇匡

博報堂生活總合研究所研究員・酒井崇匡(Takamasa Sakai)のY染色体は、ハプログループD1b1a2(D-IMS-JST022457)である(注1)(注2)(注3)(注4)。
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        (酒井家の系譜)
注2)23andMe"DNA RELATIVES"
注4)『藩翰譜』、『寛政重修諸家譜』日本三河國(現愛知縣)酒井氏的父祖,酒井廣親是松平泰親的異母兄,則是德川家和同祖。

中田憲信

大審院判事・中田憲信(Norinobu Nakata, 1835-1910)のY染色体は、ハプログループD1b1a2(D-IMS-JST022457)である(注1)。中田憲信は、南朝・後村上天皇(Emperor Gomurakami, 1328-1368)の男系子孫であると言われている(注2)。
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     (後村上天皇)
picture from Wikipedia
注1)23andMe"DNA RELATIVES"

橘孝三郎

戦前の農本主義思想家、超国家主義者・橘孝三郎(Kozaburo Tachibana, 1893-1974)のY染色体は、ハプログループD1b1a2(D-IMS-JST022457)であると推測される(注1)。橘孝三郎は、茨城県東茨城郡常磐村(現 水戸市)の出身。評論家・立花隆(Takashi Tachibana, 本名:橘 隆志, 1940-  )は、従兄弟の息子に当たる。
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      (橘孝三郎)
picture from Wikipedia
2005年、日本の評論家の立花隆は、 日本の皇室の神聖性を否定する立場から、「皇室のy染色体系統は、最も日本人にありふれたもの。立花家の先祖も系譜によれば天皇家に繋がるので、 私もたぶん同じ。希少でもなんでもない」と発言している(注2)。この発言内容が正しければ、立花隆のY染色体はハプログループD1b1a2(D-IMS-JST022457)であると推測され、彼と同一父系に属する橘孝三郎も同一のハプログループに属すると考えられる。

注1)『神武天皇のY染色体を受け継ぐ人々はゴロゴロいる』(2005.12.5)本文中に「天皇家の由来のY染色体が現在日本の集団内でそう珍しいものではないだろうという結論(※引用者注:立花隆の発言による結論)は正しい。そう考える理由は二つある。一つは、天皇家のY染色体は繁殖成功しやすいこと、もう一つが、そもそもが現在まで残っているY染色体はなんであれ、ほとんどが集団内では主流の系統であるということ。上記引用(※引用者注:原文中に歴代天皇の残された子供の数の調査結果の記載がありそれを指す)でも歴代の天皇たちは、子供が数人どころか、数十人ももうけるのが珍しくなかった(中略)。それだけで、同世代のライバルのY染色体に対して優位である。傍流とされ、皇室を離れたY染色体を持つ人たちであっても、一般庶民と比較すれば繁殖に有利であったろう」とあり。
注2)いわゆる「立花発言」と呼ばれるもの。

中田真秀

理化学研究所情報基盤センター協力研究員・中田真秀のY染色体は、ハプログループD1b1a2a(D-P53.2)である(注1)(注2)(注3)。

注3)ISOGG 2014(ver9.66)による表記。原文による表記では「D2a1b1(D-P53.2)」である。

Y染色体ハプログループD1b1a2b1a1系統(Yap+) 【日本固有種】

源頼朝

鎌倉幕府を開いた源頼朝(Minamoto no Yoritomo, 1147-1199)を含む清和源氏のY染色体は、ハプログループD1b1a2b1a1(D-Z1504, CTS8093)である(注1)(注2)(注3)。
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        (源頼朝)
picture from Wikipedia

DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392 389ii
Alleles 13 25 17 10 13 17 11 12 12 14 11 31

DYS 458 437 448 Y-GATA-H4 456 438 635        
Alleles 15 14 19 11 15 10 21        

源頼朝は、河内源氏の源義朝の三男として生まれ、父・源義朝が平治の乱で敗れると伊豆国へ配流されたが、やがて配流地の伊豆で以仁王の令旨を受け、北條時政、北條義時などの坂東武士らと平氏打倒の兵を挙げ、鎌倉を本拠として源義仲や平氏を倒し諸国に守護と地頭を配して力を強め、奥州藤原氏を滅ぼして全国を平定した。建久3年(1192)に征夷大将軍に任じられ鎌倉に幕府を開いた。

注1)D2a1b(D-CTS107/IMS-JST055457, IMS-JST022457) Shogun Y-STR modal defined by chojae
注2)ISOGG 2017(ver12.50)による表記。原文によるISOGG 2013表記では「D2a1b*(D-IMS-JST022457, subclade-CTS8093)」である。

永井親賢

薩摩藩士・永井親賢(Chikakata Nagai, 1790-  )のY染色体は、ハプログループD1b1a2b1a1(D-CTS8093)である(注1)。

DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392 389ii
Alleles 13 25 17 10 14 16 11 12 12 14 11 31

注1)Family Tree DNA "Y-DNA D Haplogroup"

グレン・ヨシト・マサダ博士

テキサス大学教授・グレン・ヨシト・マサダ博士(Dr.Yoshito Masada, 1950-  )のY染色体は、ハプログループD1b1a2b1a1a(D-CTS8093, subclade-FGC6373)である(注1)。グレン・マサダは、広島県出身でハワイに移住した、正田初治(Hatsuji Masada, 1859-1924)の子孫である(注2)(注3)。

DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392 389ii
Alleles 13 25 16 10 13 16 11 12 11 13 11 30

注1)"Masada clan's dna(Ysearch)

本郷源之丞

仙台藩士・本郷源之丞(Gennojo Hongo)のY染色体は、ハプログループD1b1a2b1a1a(D-FGC6373)である(注1)(注2)。これは、本郷源之丞の四男の二男の子孫から得られたサンプルによる解析結果である(注3)(注4)。

本郷氏の遠祖は、村上天皇の後裔で源姓を賜り臣籍降下した村上源氏である(注5)(注6)。本郷氏の始祖は、承久の乱ののち若狭国大飯郡本郷(現 福井県大飯郡大飯町本郷)の新補地頭に任じられ同地に下向した本郷美作左近大夫源朝親で、子孫は南北朝時代 北朝に仕えて将軍直轄の奉公衆となり、15世紀中頃には若狭守護職・武田氏の配下に組み込まれた。元亀元年(1570)4月、織田信長が越前国・朝倉征伐のため若狭に進出した際、矢部家定を介して織田家に仕えて所領を安堵されたが、信長が本能寺の変で自害したのち本郷の達城(現 福井県大飯郡大飯町尾内)から離散した(注7)。本郷源之丞は、徳川藩政末期・仙台藩のお姫様附きの士分で、明治維新の大業が成就し、廃藩置県により国体が正位に復すると家禄を奉還。以後は高等専門学校の教職を得て後人の育成に盡力した。

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注5)東京大学史料編纂所所蔵『本郷系図』

山崎内蔵允

亀山藩士・山崎内蔵允(Kuranojo Yamazaki)のY染色体は、ハプログループD1b1a2b1a1a1(D-L137.3)である(注1)。山崎内蔵允は、慶應4年(1868)10月22日、天野遠秀(儀太夫, 錦洞斎)や、天野遠謨(刑部左衛門)らと石大神まで遊山したことが『天野錦洞斎日記』に記されている(注2)。

DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392 389ii
Alleles 13 25 15 11 13 17 11 12 11 14 11 31

注1)Family Tree DNA "Y-DNA D Haplogroup"
注2)『天野錦洞斎日記』天野家文書(36-12-1)

唐木傳三郎

唐木傳三郎(Denzaburo Karaki, 1861-1928)のY染色体は、ハプログループD1b1a2b1a1a2(D-CTS1982, subclade-FGC6386)である(注1)。これは、彼の男系子孫から採取された口腔粘膜の解析による(注2)。
kudo1.jpgkudo2.jpgkudo3.jpg

DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392 389ii
Alleles 14 25 17 10 13 17 11 12 12 14 11 31

建久4年5月28日(1193.6.28)、富士の裾野での巻狩りの際に源頼朝の家臣・工藤祐経が曾我祐成と曾我時致(筥王丸)兄弟の仇討ちに遭って絶命した。この後、祐経の遺児・工藤犬房丸祐時(1185-1213)は信濃国伊那郡小出(現 長野県伊那市西春近小出)に籠居したが、この時、祐時に供奉した郎党が唐木氏の祖先・唐木久次郎教俊や、唐木孫三郎秀行で、長野県伊那市西春近の「唐ノ木(とうのき)」村を領して家名としたと言われる(注3)(注4)(注5)。

注1)FTDNA"Y-DNA D Haplogroup Project - Y-DNA SNP"(Kit Number:273831, Karaki)
注2)FTDNA"Y-DNA D Haplogroup Project - Y-DNA"(Kit Number:273831, Karaki)
注3)全国唐木会『唐木姓のルーツ
注4)『犬房丸伝説の主役の墓所』(所在:長野県伊那市西春近山本726番地 常輪寺北側)

大庭景義

平安時代末期の相模国の武将・大庭景義(Kageyoshi Ohba, 1128-1210)のY染色体は、ハプログループD1b1a2b1a1i(D-Z40687, subclade-BY13985)である(注1)。大庭景義は、平良文の末裔で、鎌倉景政の曾孫にあたる(注2)。
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DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392 389ii
Alleles 13 25 17 10 13 16 11 12 12 14 11 31

注1)Family Tree DNA "Y-DNA D Haplogroup"
注2)『新編纂図本朝尊卑分脈系譜雑類要集』

Y染色体ハプログループD1b1c1系統(Yap+) 【日本固有種】

坂口和明

IAF Software, Inc.のCEO・坂口和明(Kazuaki Sakaguchi, 1961-  )のY染色体は、ハプログループD1b1c1(D-CTS1897)である(注1)(注2)(注3)。坂口和明の父祖は、奈良県の出身。
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注3)ISOGG 2017(ver12.01)による表記。原文による表記では「D2a(D-M116.1, subclade-CTS1897)」である。

Y染色体ハプログループD1b1c1c系統(Yap+) 【日本固有種】

饒速日命の子孫

饒速日命(Nigihayahi-no-mikoto)のY染色体は、ハプログループD1b1c1c(D-Z30643)系統であると推定される(注1)。これは、出羽国雄勝郡(現 秋田県湯沢市)に移住した物部氏の子孫ら複数名から得られたデータに基づくものである(注2)。
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      (饒速日命)             (物部守屋)

DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392 389ii
Alleles 13 26 16 10 12 16 11 12 13 13 11 30

DYS 458 459a 459b 455 454 447 437 448 449 464a 464b 464c
Alleles 16 10 10 11 11 25 14 17 29 17 17 17

正史によれば、饒速日命は神武東征に先立って大和国(現 奈良県)を平定した一族であると記録されている(注3)。饒速日命の子孫は、物部氏、石上(いそのかみ)氏、阿刀(あと)氏などを本流として栄えた古族。秋田の唐松神社は神功皇后の創建で、天喜5年(1057)に源義家が再建した。その後、延宝8年(1680)に現在の場所に移転。宮司は代々物部氏が務め、第61代当主・物部長元の二男、物部長穂(1888-1941)は、『水理学』、『土木耐震学』を著し水理学の先駆者として名高く従三位勲三等に叙せられた(注4)。『秋田物部文書』によれば、物部守屋(   -587)の一族は、用明天皇2年(587)7月、河内国渋川郡(現 大阪府東大阪市衣摺)で滅亡した際、物部尾輿(おこし)の家臣であった捕鳥男速(とっとりのおはや)が、守屋の遺児・那加世(なかよ)という男児をかくまい東北へ隠棲したと言われ、この物部那加世(585-   )が秋田物部氏の祖と伝えられている(注5)。

物部守屋と崇仏・廃仏論争

敏達天皇14年(585)、「一部の人々が蕃神(外国の神, =仏教のこと)を信奉したために疫病が起きた」と物部守屋中臣勝海(中臣氏は神祇を祭る氏族)らが奏上し仏教の禁止を求めた。天皇は仏法を止めるよう詔した。守屋は自ら寺に赴き、胡床に座り、仏塔を破壊し、仏殿を焼き、仏像を海に投げ込ませた。その後、用明天皇2年4月2日(587)、用明天皇(聖徳太子の父)は病になり、三宝(仏法)を信奉したいと欲し、群臣に議するよう詔した。物部守屋と中臣勝海は「国神(日本古来の神々)を疎かにして他神(外国の神)を敬うなど、前代未聞の暴挙である」と反対した。

注1)FTDNA"Y-DNA D Haplogroup Project"(Kit Number:348320, Obara)
注2)Ysearch"Haplogroup D2a"(User ID:6CHW8, Obara)
注3)『日本書紀』(卷第3 神武天皇即位前紀戊午年12月)
注5)『秋田県の物部氏4』(2014.9.6)
※饒速日命の画像は秋田「唐松神社」所蔵の『饒速日命御神像掛軸』による。

伊藤彦左衛門

伊藤彦左衛門(Hikozaemon Ito, 1855-  )のY染色体は、ハプログループD1b1c1c(D-Z30643)である(注1)(注2)。これは、彼の男系子孫から得られたデータに基づく結果である(注3)。伊藤彦左衛門は福島県安達郡岩代町成田(現 福島県二本松市成田町)の出身。伊藤彦左衛門の子・伊藤彦次郎(1880-1974)は大内袈裟の婿養子となり、1907年ハワイのホノルルに移民した家柄(注4)。

DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392 389ii
Alleles 13 24 18 10 14 16 11 12 12 13 11 30

注1)FTDNA"JAPAN DNA Project - Y-DNA"(Kit Number:336110, Ouchi)
注2)Ysearch"Haplogroup D2a"(User ID:98vra, Ouchi)
注3)伊藤彦左衛門の子の伊藤(大内)彦次郎の子にあたる大内隆夫から得られたサンプルに基づく解析結果。
注4)Hikojiro Ouchi(大内彦次郎), son of Hikozaemon Ito伊藤彦左衛門 (father) & Kesa Ouchi大内袈裟 (mother) immigrated to Honolulu in 1907. Japanese have tradition of "yoshi養子" or "yooshi", whereby a man will agree to change his last name to that of his wife's family name. The children will carry the wife's family name, and inherit the farm or assets of the wife's father, thus keeping the family's assets in the family name. Hikozaemon Ito, father of Hikojiro, became Hikozaemon Ouchi. The tradition of "yooshi" is quite common, making it difficult to determine a family name through DNA testing. > > > > DYS385a/b Kittler 14-16, DYS710 34.2 > > > > SNP tests: M116.1+ P37.1+ //// M15- M125- M151- P47- P53.1- P120-

Y染色体ハプログループD1b1c1d系統(Yap+) 【日本固有種】

たぬこぱぱ

趣味と子育てと愛車のことなどをつづった『趣味と子育て たぬこぱぱのblog』を執筆するたぬこぱぱのY染色体は、ハプログループD1b1c1d(D-CTS5641)である(注1)(注2)(注3)(注4)。たぬこぱぱの父系祖先は、京都の由緒ある宮大工の家柄(注5)。
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DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392 389ii
Alleles 13 23 16 10 14 18 11 12 13 14 11 30

注1)『マイ ルーツ(1)』(2009.9.30)
注3)『たぬこぱぱ
注4)FTDNA"JAPAN DNA Project - Y-DNA"(Kit Number:N64100, Segawa)
注5)『マイ ルーツ(4)』(2009.11.26)

Y染色体ハプログループD1b2系統(Yap+) 【日本固有種】

茨城 和田氏

茨城 和田氏のY染色体は、ハプログループD1b2a(D-CTS220)である(注1)。
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注1)FTDNA"JAPAN DNA Project - Y-DNA"(Kit Number:N50821, Wada)

ナンジャモンジャ

2ちゃんねらー、ブロガー・ナンジャモンジャ(Nanja-monjya,1965-  )のY染色体は、ハプログループD1b2a1(D-CTS10495)である(注1)(注2)(注3)。ナンジャモンジャの父系祖先は、東京都台東区入谷の出身(注4)(注5)。2009年11月初稿の分子生物学の知識を交えたブログは多くの人々に影響を与えた。
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DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392 389ii
Alleles 13 25 15 11 13 17 11 12 11 14 11 31

注1)"Y-DNA D Haplogroup Project"(Kit Number:N79329, same as N117680, Matsumoto)
注3)『SNP TEST MISC-Dの結果』(2010.9.21)
注4)『ナンジャモンジャ』(Hatena.Diary)
注5)H.(七里氏:Shichiri or Nanasato),19c.,Tokyo, Japan

縄文系おばさんの父

ブロガー・縄文系おばさんの父のY染色体は、ハプログループD1b2a1(D-CTS10495)である(注1)。縄文系おばさんの父系祖先は、新潟県の下級の武士出身で、明治以降に北海道に移住した家柄(注2)。縄文系おばさんの父系親族は、酒豪として知られる。

注2)『縄文系おばさん』(Ameba, N156077)


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  • 最終更新:2017-03-24 14:21:05

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