Y染色体DE系統

アフリカ大陸の北東部にいた古代(約6万5,200年前)のある一人の男性の遺伝子に起きたYAPと呼ばれる因子を持つ系統のひとつ。他にE系統があり、通常YAP+といえばDE系統を指す。この2系統は、Y染色体上の長腕部「DYS287 Yq11」に、約300塩基からなるAlu配列(Alu sequence)の挿入多型を余分に持つことで知られる。

Y染色体ハプログループDE系統(Yap+)

このDE系統を持つ人は極めて珍しく、ナイジェリアで行われた調査では、1247人のうち5人から検出された(注1)。またギニアビサウナラでは17人のうち1人から検出された(注2)。チベットでの調査では、594人のうち2人から検出された(注3)。ロシアのアルタイ共和国では43人のうち1人から検出されている(注4)。
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注1)"Rare Deep-Rooting Y Chromosome Lineages in Humans: Lessons for Phylogeography" Michael E. Weale, Tina Shah, Abigail L. Jones, John Greenhalgh, James F. Wilson, Pagbajabyn Nymadawa, David Zeitlin, Bruce A. Connell, Neil Bradman and Mark G. Thomas GENETICS September 1, 2003 vol. 165 no. 1 229-234
注4)Kharkov et al. (2007)

エフライム族

古代イスラエルの12支族の中の一部族であり、ヨセフ族から分かれた2部族(マナセ族、エフライム族)の内の1つであるエフライム族(Tribe of Ephraim)のY染色体は、ハプログループDE系統の中間に属するハプログループDE(DE-M203)であると推定されている(注1)。これは、久保有政(Arimasa Kubo)らの説に基づく推定であり確定的ではない(注2)(注3)(注4)。
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なお聖書成立学の立場から考察をした場合、『旧約聖書』に記されている古代の年暦は、実年代の10分の1に縮少して記載されている可能性があり注意を要する。なぜならば、これらの人智を超えた神聖の歴史を実年代で記録し古代の人々に説明をしようとした場合、それらは余りにも悠久膨大な年暦であるため、彼らの理解の範囲を超えてしまうため、その骨子をダイジェストにして記録するため、数々の話を統合、あるいは簡略化したり、誇張したりした可能性が存在するからである。『旧約聖書』に記載されている年代を10倍すると、分子生物学から得られた分子時計による推算年代と極めて詳細に一致していると研究者の間では囁かれている。

注1)『日本とユダヤ 聖徳太子の謎』久保有政著、(2014.10.28)
注2)『日本の中のユダヤ文化』久保有政著、学研研究社、2003年
注3)『ユダヤ人のY染色体遺伝子』古代史探訪
注6)『全人類系図』(2017.4.4) Most of Japanese males share their paternal lineages with the Imperial Family. Poznik et al. (2016) have reported that the males in the JPT (Japanese in Tokyo, Japan) sample of the 1000 Genomes Project are :皇別D1b-M55(36%)20/56, 神別O1b2-P49(32%)18/56, 諸蕃O2-M122(18%)10/56, 地祇C1a1-M8(7.1%)4/56, 諸系O1a-M119(3.6%)2/56, 諸系C2-M217(3.6%)2/56

ガド族

古代イスラエルの12支族の一部族であるガド族(Tribe of Gad)のY染色体は、ハプログループDE系統の中間に属するハプログループDE(DE-M203)であると推定されている(注1)。これは、小谷部全一郎(Zenichiro Oyabe, 1868-1941)の説に基づく飛鳥昭雄(akio Asuka)らの推定であり確定的ではない(注2)(注3)。
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注2)『失われた地底人の魔法陣「ペンタゴン」の謎』飛鳥昭雄、三神たける共著(2015.3.26)
注3)『日ユ同祖論対談 飛鳥昭雄×久保有政』飛鳥昭雄、久保有政共著(2015.8.25)
注6)『アダム暦

サラーフッディーン・アル=ビータール

シリアの首相・サラーフッディーン・アル=ビータール(1912-1980)のY染色体は、ハプログループDE系統の中間に属するハプログループDE(DE-M203)である(注1)。これは、アル=ビータールと同一の父系に属するイザット・アル=ビータール(生年不詳-1850)の子孫に対する調査により明らかとなった(注2)。アル=ビータール家は、シリア・ダマスカスの敬虔なイスラム教徒でスンニー派に属している。サラーフッディーン・アル=ビータールは、政治家でありミシェル・アフラクと共にアラブ・バアス党を設立し、バアス党政権の首相を務めた(注3)。
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(サラーフッディーン・アル=ビータール)

注2)"Additional information about Paternal Line:FTDNA tested the haplogroup as CT(xC,D,E,F), which can mean that it is either CT*(xCF,DE), CF*(xC,F) or DE*(xD,E). SNP-markers M145=P205 & M203 are being tested at the moment. It is most likely DE*(xD,E), as it looks close to DE* haplotypes in Nigeria & Guinea-Bissau, and no CT* or CF* have yet been discovered in the whole World.DE* is an extremely rare haplogroup. However, a similar haplotype (not SNP-tested) was found in 1 out of 113 provincial Syrians by Donbak2006 (other studies didn't find this haplotype or haplogroup anywhere in Syria). Izzat Al Bitar lived in Damascus around 150 years ago. He had many sons, among whom Mohammad Kamal. He also had many sons, among whom Adib. Adib also had many children, among whom daughter Afaf (wife of Hussein bin Rahma Al Zaabi, head of Al Zaab (Al Tabbiyah) Area in Abu Dhabi City) and son Makin. Makin has 3 sons: Mohammad Mazen, Ruslan & Iskander. It was Ruslan who was DNA-tested.


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  • 最終更新:2017-09-23 10:44:03

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