Y染色体O1a系統

Y染色体ハプログループO1a系統

タイヤル族

台湾原住民・タイヤル族(泰雅族)のY染色体は、95.5%がハプログループO1a(O-M119)である(注1)。
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タイヤル族の神話によれば、原始、現在の台湾南投県仁愛郷の場所に一つの霊岩があった。その岩が割れて中から三人の人が出現した。二人は男で、一人は女であった。彼等は岩から出て、太陽、高山、川、樹木を見た。一人の男と一人の女は「この場所は素晴らしい。ここに住めば、この美しい景色をずっと堪能することができる」と言った。しかし、残りの一人の男はこう言った。「ここは昼が暑いし、猛獣や蚊、昆虫もいる。こんな所に住むことは出来ない。我々は岩の中に戻った方が良い」と。それを聞いて二人の男女は「我々はもう出てきてしまったからには、ここに住まなければならない」と言った。この場所を気に入った男女は、三この場所で三人で生活をすることを望んだが、この場所に住むことを拒んだ男は、二人の男女がいない間に、霊岩の中へ戻り、遂にいなくなってしまった。残された一組の男女がタイヤル族の始祖となった。彼等は結婚して「グプダ」を生んだ。グプダはタイヤル族の王となったと言う。

注2)『タイヤル族の起源』(2015.1.20)

百越(粤)

中国春秋時代・百越(粤)のY染色体は、ハプログループO1a(O-M119)である(注1)。これは、復旦大學・黄穎、李輝、高蒙河らの研究によって明らかとなった(注2)。
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注1)復旦大學『古代基因:百越族群研究新證』(2003)
注2)聡 呉春明 主編 厦門大學『東南考古研究-第3輯』(ISBN7-5615-1858-7, 2003.11)

越王・勾践

中国春秋時代後期の越王・勾践(   -BC465)のY染色体はハプログループO1a(O-M119)である(注1)。これは、越王始祖・無餘の子孫男性多数から得られたサンプルに基づく結果である(注2)。
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越王・勾践は、范蠡の補佐を得て当時華南で強勢を誇っていた呉を滅ぼした春秋五覇の一人に数えられる。『太平記』巻第4「呉越闘事」(西源院本の事書)には、後醍醐天皇が隠岐に流される途上、臣下の児島高徳が美作・杉坂の宿の庭に立つ桜の樹に「天、勾践を空しゅうする莫れ 時に范蠡無きにしも非ず」という詩(桜樹題詩)を書き付けてひそかに励ました物語がみえる。これは文部省唱歌「児島高徳」にも唄われた。

注1)北大中文論壇『古籍中記載的祖先、Y-DNA検測結果対照表』(2009.11.5)
注2)越王・無餘的子孫有:顧(南顧)、余、鄒、騶、歐、歐陽、駱、閩、諸、杭、稽、嵇、烏、植、多等氏。浙江紹興會稽禹陵村,姒姓也是少康3子,越王无余(叔榆)的后代。已經有了166代。DNA-Y検測,已經證實,越无余(叔榆)的后代,浙江紹興會稽禹陵村,姒姓是O1a(O-M119),百越是O1a(O-M119)。成吉思汗的后人貝加爾湖畔34-35%的布里亞特蒙古人,是O1a(O-M119)。匈奴王子金日磾的后代金氏,是O1a(O-M119)。崇白馬的后代馬氏是O1(O-F265/M1354)。大禹的后代顧、譚氏是O1(O-F265/M1354)。昌意的后代昌氏是O1(O-F265/M1354)。突厥(匈奴的一部)、室韋、契丹等,都傳承了一部分匈奴人的血統。部分蒙古族,特別是成吉思汗家族,可以由突厥追溯到匈奴。匈奴王室是夏朝皇帝季杼、履癸儿子淳維的后代,蒙古王室是匈奴王室的后代。布里亞特人一直把自己,当作成吉思汗的后人(但DNA-Y検測,只有34-35%)。這些眞實的歴史記載,已経被検測結果證實。

Y染色体ハプログループO1a1a系統

權慄

李氏朝鮮時代の将軍・權慄(1537-1599)のY染色体は、ハプログループO1a1a(O-M307.1/P203.1)である(注1)。權慄の本貫は安東で、これは安東權氏複数名から得られたデータに基づくものである。
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馬千齡、馬福祥、馬鴻逵

寧夏馬家軍始祖・馬千齡(Ma Qianling, 1826-1910)、昭武軍を率いた馬福祥(Ma Fuxiang, 1876-1932)、寧夏新軍を率い「寧夏王」と呼ばれた馬鴻逵(Ma Hongkui, 1892-1970)のY染色体は、ハプログループO1a1a(O-M307.1/P203.1)である(注1)。これは馬千齡の子孫から得られたサンプルを解析した結果に基づく(注2)。
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      (馬福祥)            (馬鴻逵)
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馬千齡は、清國甘肅省蘭州府韓家集郷(現 中国甘粛省白銀市會寧縣韓家集郷)出身の回教徒(ムスリム)で、父は馬泰、祖父は馬玉璽である。
注1)FTDNA"China 中國 DNA Project Website - Y-DNA"(Kit Number:N45782, Ma)

馬歩芳

中華民国時代に青海地方を支配した回族の軍閥の一人で「青海王」と呼ばれた馬歩芳(Ma Bufang, 1903-1975)のY染色体は、ハプログループO1a1a(O-M307.1/P203.1)である(注1)。馬歩芳の家族と、馬鴻逵の家族から得られたサンプルを解析した結果に基づく(注2)。
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       (馬歩芳)
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注2)馬鴻逵家族及馬歩芳家族単倍体DNA測定結果

馬友友

中国系アメリカ人のチェリスト・馬友友(Yo-Yo Ma, 1955-  )のY染色体は、ハプログループO1a1a(O-M307.1/P203.1)である(注1)(注2)。馬友友の父・馬孝駿は中国寧波の出身。
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注2)ISOGG Tree(ver.10.79)による表記。原文のISOGG 2014による旧表記では「O1a1(O-M307.1/P203.1)」である。

毛澤東

中国の政治家、中国共産党中央委員会主席・毛澤東(Mao Zedong, 1893-1976)のY染色体は、ハプログループO1a1a(O-M307.1/P203.1)である(注1)(注2)(注3)(注4)。
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毛澤東は、光緒19年(1893)、湖南省湘潭縣韶山衝の生れ。字は「潤之/詠芝」で「子任」と号した。始祖の毛太華は、朱元璋が明朝を建てんと決起した時、朱元璋の部隊のいた江西省吉州府龍城縣(現 中国江西省吉安市吉水県)まで馳せ参じ、部隊に加わって下士官となり雲南省まで遠征。雲南を平定した後、軍人として現地に駐留。現地の少数民族の娘を妻として四人の息子をもうけた。毛太華は老いてから内地に帰ることを朝廷に願い出て、湖南省韶山に妻、長男、四男を連れて帰郷することを許された。毛澤東は毛太華の長男・毛清一の子孫で、以後約500年、毛家は農家(小地主)を営み、毛澤東は毛家の20代目にあたる(注5)。


Y染色体ハプログループO1a1a1a1系統

趙匡胤

北宋の太祖・趙匡胤(927-976)のY染色体は、ハプログループO1a1a1a1a1a(O-F492)であると推定される(注1)(注2)。これは趙匡胤の子孫1名から得られたデータに基づくものである(注3)(注4)。
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注1)分子人類學論壇『趙氏 Greenbrothers公布本人Y-SNP O1a1-P203+ F492+』(2012.1.26)
注2)ISOGG Tree 2017 (ver.12.31)による表記。原文による旧表記では「O1a1(O-P203, subclade-F492)」である。
注3)被験者の系譜は「(北宋・太祖)趙匡胤→德昭→(宋朝)唯忠→從藹→世膺(諸暨南門趙氏の始祖, 現 中国浙江省紹興市諸暨)→令玲→子濤→伯橚→師煕→希垕→與鑮→(元朝)孟佶→由貴→(明朝)宜童→順壽→叔錦(諸暨清水潭の始祖)→智→天鵬→良文→思忭→(清朝)文錦→晉伯→允焻→宗瀾→文元→茂椒→誌璐→光傳→本洪→祖父→父→本人」となる。
注4)岡田英弘は、趙匡胤が生粋の漢民族なのか懐疑を示している。また、かつて加藤徹は、郭威、柴栄、趙匡胤が漢化した沙陀部出身と推測していた。

蒋介石

中華民国初代総統・蒋介石(本名:蒋中正, 譜名:蒋周泰)のY染色体は、ハプログループO1a1a1a1(O-F78)である(注1)(注2)。蒋介石は、中国浙江省奉化市溪口鎮の出身で、本貫は奉化蒋氏(寧波蒋氏)である(注3)。
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注3)ISOGG Tree(ver.10.117)による表記。原文のISOGG 2014による旧表記では「O1a1(O-P203.1, subclade-F78)」である。

Y染色体ハプログループO1a1a2系統

小川與助

備後国御調郡三庄村(現 広島県尾道市因島三庄町)出身の小川與助(Ogawa Yosuke, 1813-  )のY染色体はハプログループO1a1a2(O-CTS11785)である(注1)(注2)。これは、彼の孫・宮地喜太郎の子孫から得られたサンプルに基づく結果である(注3)。
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注1)FTDNA"JAPAN DNA Project - Y-DNA"(Kit Number:219889, Miyaji)
注2)"OUR STORY"

羅志沐

インドネシア・ボルネオ島の実業家・羅志沐(Luo Zhimuk, 1904-1987)のY染色体は、ハプログループO1a1a2(O-CTS11785)である(注1)(注2)(注3)。
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注1)"China DNA Project Website"(kit number:368111, 羅志沐, Luo Zhimuk, 1904-1987)
注3)ISOGG Tree(ver.10.92)による表記。原文のISOGG 2015による旧表記では「O1a1a2a*(O-CTS701, subclade-CTS11785)」である。


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  • 最終更新:2017-02-14 09:28:09

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