Y染色体O2a1系統

Y染色体ハプログループO2a1c系統 【漢民族系】

劉邦

前漢の高祖・劉邦(BC256-BC195)のY染色体は、ハプログループO2a1c(O-IMS-JST002611)である(注1)(注2)。これは劉邦の子で斉王に封ぜられた悼惠王・劉肥の子孫(陳洲劉氏)をはじめとする中国全土の劉邦の子孫から得られたデータに基づくものである(注3)(注4)。
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注1)Y chromosome haplogroup O3-M122 is the most prevalent haplogroup in East Asia, and provides an ideal tool for dissecting primary dispersals of the East Asians. Most of the sub-haplogroups of O3-M122 have been sufficiently investigated except for O3a1c-002611, despite its great prevalence and huge population, especially in Han Chinese. In this study, we identified 508 individuals with haplogroup O3a1c-002611 out of 7801 males from 117 East and Southeast Asian populations, typed at two newly discovered downstream Y-SNP markers and ten commonly used Y-STRs. Defined by SNPs IMS-JST002611 (in short, 002611), F11, and F238, three lineages internal to haplogroup O3a1c-002611 have distinct geographical distributions. Furthermore, Y-STR diversity shows a general south-to-north decline, which is consistent with the prehistorically northward migration of the other O3-M122 lineages. The northward migration of haplogroup O3a1c-002611 started about 13 thousand years ago (KYA). The expansions of subclades F11 and F238 in ancient Han Chinese began about 5 and 7 KYA immediately after the separation between the ancestors of the Han Chinese and Tibeto-Burman.


注5)分子人類學吧『孔子及其内孔家族Y-DNA之謎解析』(2016.1.29)

孔子(浙江衢州派)

中国・春秋時代の思想家、哲学者・孔子(BC552-BC479, Confucius)の第53世孫・孔洙の子孫のY染色体は、ハプログループO2a1c(O-IMS-JST002611)である(注5)。

孔子が、いかなるY染色体の系統に属するかを解析するために、曲阜孔氏の男性1,118名を対象に調査を行ったところ、ハプログループC2(C-M217)(46.06%)、ハプログループQ1a1a1(Q-M120)(27.01%)、ハプログループO2(O-M122)(20.66%)、その他(6.27%)であることが判明した(注1)(注2)。これは、第53世孫・孔洙の子孫にあたる浙江省衢州・孔氏から得られたサンプルに基づく。
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この結果により、従来は同一父系に属すると考えられてきた「曲阜孔氏」が、実際には、ほぼ3系統の異なる父系の子孫に分かれることが明らかとなった。また、実際の孔子の系統は、ほぼ半数(46.06%)を占めるハプログループC2(C-M217)である可能性が高いと考えられる一方で、漢民族としては比較的珍しいハプログループQ1a1a1(Q-M120)が「曲阜孔氏」の男性から4人に1人以上(27.01%)の高頻度で検出されたことなどから、こちらが実際の孔子の系統ではないかと有力視する見解もある。これらは、濟南鐡路公安局刑事技術所や、復旦大學らの研究チームの解析によるものである(注3)(注4)。
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注2)測試様本數爲曲阜地區孔姓人群1118例箇例。測試結果表明,曲阜孔姓出現三種高頻單倍群:C3(46.06%)、Q1a1(27.01%)、O3(20.66%)。其中O3因爲没有集中趨勢,估計O3三大支等全都有,而被論文作者自己排除在孔子后裔之外。論文作者認爲C3和Q1a1都有可能是孔子后裔的類型。
注4)ISOGG Tree(ver.10.79)による表記。原文ではISOGG 2014による旧表記で各々「C3(C-M217)」「O3(O-M122)」、ISOGG 2012による旧表記で「Q1a1(Q-M120)」とある。
注5)分子人類學吧『孔子及其内孔家族Y-DNA之謎解析』(2016.1.29)

曹参

前漢の丞相・曹参のY染色体は、ハプログループO2a1c(O-IMS-JST002611)である(注1)(注2)。
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注2)ISOGG Tree(ver.10.68)による表記。原文のISOGG 2010による旧表記では「O3a4」である。

坂上田村麻呂

平安時代の武官で、陸奥国の蝦夷を平定した征夷大将軍・坂上田村麻呂のY染色体は、ハプログループO2a1c(O-IMS-JST002611)であると推定される。坂上氏は、後漢の霊帝の子孫で、応神天皇の御代に渡来した阿知使主の子孫とされる(注1)。阿知使主の子孫で、東漢氏出身の左京大夫・坂上苅田麻呂が田村麻呂の父である(注2)(注3)。
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注1)『日本書紀』応神20年(289年)九月條には、「倭漢直(やまとのあやのあたひ、東漢氏)の祖・阿知使主、其の子都加使主(つかのおみ)、並びに己が党類(ともがら)十七県を率て、来帰り」とある。
注2)『続日本紀』延暦4年6月條「右衞士督從三位兼下総守坂上大忌寸苅田麻呂等上表言。臣等本是後漢靈帝之曾孫阿智王之後也。漢祚遷魏。阿智王因牛教。出行帶方。忽得寳帶瑞。其像似宮城。爰建國邑。育其人庶。後召父兄告曰。吾聞。東國有聖主。何不歸從乎。若久居此處。恐取覆滅。即携母弟迂興徳。及七姓民。歸化來朝。是則譽田天皇治天下之御世也。於是阿智王奏請曰。臣舊居在於帶方。人民男女皆有才藝。近者寓於百濟高麗之間。心懷猶豫未知去就。伏願天恩遣使追召之。乃勅遣臣八腹氏。分頭發遣。其人民男女。擧落隨使盡來。永爲公民。積年累代。以至于今。今在諸國漢人亦是其後也。臣苅田麻呂等。失先祖之王族。蒙下人之卑姓。望 。改忌寸蒙賜宿祢姓。伏願。天恩矜察。儻垂聖聽。所謂寒灰更煖。枯樹復榮也。臣苅田麻呂等。不勝至望之誠。輙奉表以聞。詔許之。坂上、内藏、平田、大藏、文、調、文部、谷、民、佐太、山口等忌寸十一姓十六人賜姓宿祢」
注3)ISOGG Tree(ver.10.79)による表記。原文のISOGG 2014による旧表記では「O3a1c(O-IMS-JST002611)」である。

丹波康頼

平安時代の医博士・丹波康頼のY染色体は、ハプログループO2a1c(O-IMS-JST002611)と推定される。丹波康頼は、坂上田村麻呂の子孫で、永観2年(984年)に『医心方』全30巻を撰し、朝廷に献上した。『医心方』は、現存する日本最古の医学書で、丹波康頼は、この功績により丹波宿禰の姓を賜り医家・丹波氏の祖となった。明治・大正期の薬学者である丹波敬三は、この直系子孫にあたる。丹波敬三の孫に俳優の丹波哲郎や、作曲家の丹波明などがいる(注1)。
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注1)ISOGG Tree(ver.10.79)による表記。原文のISOGG 2014による旧表記では「O3a1c(O-IMS-JST002611)」である。

有田哲平

芸能人・有田哲平のY染色体は、ハプログループO2(O-M122)である(注1)。有田哲平は、熊本県熊本市の出身(注2)。有田哲平のミトコンドリアDNAはこちらを参照。
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有田哲平との直接の系譜関係は明瞭ではないが、有田氏は、筑前国怡土郡有田村(現 福岡県糸島市有田地区)に因む氏と言われ、高祖城主・原田氏の家臣として有田因幡守宗良という豪族がいたことが伝えられている。江戸時代に有田村の庄屋であった有田家に伝わる『有田家文書』によれば、有田氏の出自は「平重盛は側室の一人を褒美として原田種直に与えた。種直は、賜った「重盛の側室」を妻とし、のちに生まれた男子が有田氏の祖である」とあり、嘉元三年(1306)、有田右衛門は、有田村に居城・有田城を築いたという。永禄十年(1567)より天正十四年(1586)に至るまで、様々な合戦に原田氏親族衆の将として活躍し、特に、永禄11年(1568)の小金坂の合戦では、有田因幡守宗良に抜群の戦功があったとして、高祖城主・原田氏から感状その他で賞されている(注3)。

高祖城主・原田氏は、後漢靈帝(156-189)の末裔で、天慶3年(940)5月3日、伊豫掾 藤原純友を追討して功のあった大蔵朝臣春實を祖とする一族。大蔵春實は、戦功により征西将軍に任じられ、筑前・豊前・肥前・壱岐・対馬の三前二島の管領職となり九州に下向。太宰府に近い筑前御笠郡基山の山麓にあった原田(筑前国御笠郡原田/現 福岡県太宰府市原田)の地に居館して大蔵朝臣姓原田氏を称した(注4)。有田氏はその支流にあたる為、この系譜が正しければ有田氏のY染色体は、ハプログループO2a1c(O-IMS-JST002611)である可能性が高いと推定される(注5)。

注2)ISOGG Tree 2017(ver.12.44)による表記。原文のISOGG 2011による旧表記では「O3(O-M122)」である。
注3)唐津街道歴史研究所『筑前国怡土郡 有田城跡』(2014.1.7)
注4)戦国大名研究『武家家伝 原田氏

アンディ・ラウ

香港の俳優・アンディ・ラウ(劉徳華/Andy Lau, 1961-   )のY染色体は、ハプログループO2a1c(O-IMS-JST002611)である(注1)。これは、彼の家族から得られたデータに基づくものである(注2)。
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注2)ISOGG Tree(ver.10.68)による表記。原文のISOGG 2010による旧表記では「O3a4」である。

嚴嵩

中国 明代の政治家・嚴嵩(Yan Song, 1480-1567)のY染色体は、ハプログループO2a1c(O-IMS-JST002611)である(注1)(注2)。嚴嵩の字は惟中。介溪と号した。江西省分宜縣の人で、祖籍は福建省邵武縣である。
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注2)ISOGG Tree 2017 (ver.12.31)による表記。原文のISOGG 2014による旧表記では「O3a1c(O-IMS-JST002611)」である。

馬英九

第12代、第13代 中華民国総統・馬英九(1950-  )のY染色体は、ハプログループO2a1c(O-IMS-JST002611)である(注1)(注2)。馬英九の祖父・馬立安の本貫は、中国湖南省湘潭県馬家堰である。
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注2)ISOGG Tree(ver.10.79)による表記。原文のISOGG 2014による旧表記では「O3a1c(O-IMS-JST002611)」である。

Y染色体ハプログループO2a1c1a1系統 【漢民族系】

北岡正治

大連信維科技有限公司日本支社顧問、海外ビジネス・コンサルタント・北岡正治のY染色体は、ハプログループO2a1c1a1*(O-F11, subclade-F105)である(注1)(注2)。北岡正治の曾祖父は高知県の出身(注3)。
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北岡正治の祖父・岩村俊雄は、朝鮮京城市の京畿中学校校長として、大東亜戦争終結まで30年以上を朝鮮で暮らし、戦後は内地に帰還して高知城東中学校の校長などを歴任した(注4)(注5)。北岡正治は、東京大学理学部数学科に学び、日・英・仏・中の4ケ国語に堪能。富士通の中国子会社の総経理(社長)を7年弱勤めた後退職し、商品開発、事業計画や経営での経験を生かし、海外ビジネス・コンサルタント、講師として活躍中(注6)(注7)。血液型はA型。

注1)北岡正治『遺伝子から分かる私の祖先たち』(2014.5.12)
注2)ISOGG Tree 2017(ver.12.31)による表記。原文のISOGG 2014による旧表記では「O3a1c1*(O-F11, subclade-F105)」である。
注3)"mkitaoka"(Genographic Project 2.0)
注6)"北岡正治"(facebook)

白智勲(水原白氏)

韓国のサッカー選手で、水原三星ブルーウィングス所属のミッドフィールダー・白智勲(ハク チクン/Baek Ji-hoon/백지훈, 1985-   )のY染色体は、ハプログループO2a1c1a1e(O-F2180)であると推定される(注1)。これは韓国・水原白氏の男性から得られたサンプルに基づく推定結果である(注2)(注3)。
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水原白氏は、新羅・太宗時代に唐から渡来した白宇経を始祖とする。『水原白氏始祖祭壇碑』は、韓国慶尚南道居昌郡主尚面にある。

注1)"O3a1c1님 보세요."(2014.9.7)
注3)ISOGG Tree 2017(ver.12.31)による表記。原文のISOGG 2015による旧表記では「O3a1c1f(O-F11, subclade-F2180)」である。

沈標明

シンガポールの医師で、沈医院(Shim Clinic)のオーナー ・沈標明(Ivan Shim)のY染色体は、ハプログループO2a1c1a1g(O-F723)である(注1)。中国・広東省深圳市出身の客家である(注2)(注3)。
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DYS 393 390 19 391 385a 385b 426 388 439 389i 392 389ii
Alleles 12 25 16 11 12 12 11 12 12 12 13 28

注2)『沈標明, Ivan Shim』(Facebook)
注3)ISOGG Tree 2017(ver.12.31)による表記。原文のISOGG 2015による旧表記では「O2a1c1a7(O-IMS-JST002611, subclade-F723)」である。


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  • 最終更新:2017-02-21 07:46:31

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